7月の書籍の話
ヒノキ「新兄さんから、ゴブリンスレイヤーの新刊が届いたのじゃ」
ゲンブ「ほう。今回はどのような話でござるか?」
ヒノキ「王都を舞台に馬上槍試合が行われている影で、暗躍する吸血鬼率いるゴブリン軍団と、ポリコレ騎士を成敗する話……とのことじゃ」
ゲンブ「吸血鬼やゴブリン……は分かるとして、ポリコレ騎士とは一体!?」
ヒノキ「例えば、殺人やテロリストという言葉は善いか悪いかの二択で峻別するとどっちじゃ?」
ゲンブ「そりゃあ、悪い方になるでござるなあ。少なくとも、子どもに教えることを推奨するのは悪の組織の所業と言える」
シロ「昔のショッカーなんかが、子どもを洗脳する際に教えていましたね。ショッカー・スクールで銃の撃ち方や人の殺し方を学んだり……」
ヒノキ「まあ、子ども番組の悪とは『平和に暮らす人々の社会を脅かす存在』じゃからのう。子どもに過激な社会破壊活動をさせるのは、中近東支部から来たゾル大佐の常套手段だったらしい」
ゲンブ「70年代の世界情勢では、いわゆる中東戦争絡みで、その地域の政情が不安定でござったからなあ。その時期の悪のイメージとして、『ナチスの残党がテロリズムを煽動するべく暗躍する』とか『異質な(邪悪な)文化の宗教結社が人々を洗脳して凶悪化させる』というのが割と定番だったと見える」
ヒノキ「時代による悪のイメージの変遷や、価値観の多様化によるフィクション・ストーリーの深化(正義だと信じてきた組織の敵対化など)は、とりわけ主人公ヒーローの悪者退治という作品の歴史を考える際に無視できない考察となろうが、TRPGでもしばしば対立概念をテーマにして、『悪党退治に励む善良寄りのプレイヤーキャラの活躍を楽しむのが基本』であることから、何が善で何が悪かを考えるケースも多くなる」
リトル「魔神は悪だとか、ゴブリンは悪だって考えるのが基本ですねぇ」
ゲンブ「しかし、たまには『正義の魔神』がいてもよろしいではござらんか」
ヒノキ「単純な勧善懲悪に対して、『いわゆる悪側の視点から見た正当性』を掘り下げて考えるとか、『悪の力をもって、より卑劣な悪を倒す』とか、様々なアプローチを試みるのが創作の面白さというものじゃが(思考実験という意味合いもある)、そういう多様な価値観が情報社会の中で可視化されると、中には『受け入れ難いエログロ・ナンセンスな描写』を露骨に嫌悪するケースも出てくる。世の中にそういう下賎なものが存在して、それに純粋な子どもたちがさらされることが教育に悪いとか、そういう作品に接して不快な想いをしたから配慮(公の場から排除)すべしとか、『表現の自由に反する言動』を主張するケースも出てくる」
ゲンブ「『殺人やテロリズムは悪だから、それを描くことも戒めなければならない』と極端な主張も考えられるでござるな」
ヒノキ「まあ、その辺は客層に応じた描写の配慮とかで、『TVでは血潮が噴き出す残虐なシーンは控える』とか『子どもたちの見る時間ではエロ表現は自粛する』とか、でも『規制の少ないコミックでは結構えげつない描写やストーリーがあって、マニアックな伝説となる』とか、時代ごとの対応が為されたのじゃが、インターネット時代において『昔の時代の表現(今だと諸事情で再現しにくい)が話題になる』とか『客層を無視して作品に触れ得る環境』とかが出てきて、『悪を叩きたい人間にとっては、わざわざ叩きやすい悪を探し出してきて、こんな物が世界に存在することが害悪である』と攻撃してくるケースも広がった。個人の主観的正義を主張するのは結構だが、それを好む趣味人の嗜好まで過剰に攻撃するとかのう」
シロ「いわゆる正義の押しつけですね」
ヒノキ「多様な価値観が存在する社会では、一元的な物の見方で断罪することには慎重であって然るべきなのじゃが、それを『政治権力や業界への圧力で封殺しようとする動き』をポリティカル・コレクトネス、通称ポリコレと言う。まあ、『個人的に嫌いだから、見ないようにする』というのは正論じゃし、『個人的に嫌いだから、自分の身の周りには見せないようにする』というのも家庭教育の延長として個人の自由じゃが、そこから飛躍して『個人的に嫌いだから、社会から排除するべく活動する』となると行き過ぎとなる」
シロ「『納豆が嫌いだから食べない』はOKだし、『納豆が嫌いだから、自分の周りでは食べないで欲しい。その臭いが我慢できないから』と言うのも、身内知人同士なら許される。でも、『納豆が嫌いだから、食堂の隣のテーブルで納豆を食べている赤の他人に文句を言いに来る』とか『納豆のCMを排除するよう要請する』とか『納豆の製造会社に苦情を入れる』とか『納豆禁止令』とか、そこまでエスカレートすると、納豆好きを敵に回すようなものですね」
ヒノキ「これは価値観の相違というもので、『誰かの好むものを別の誰かは受け入れ難い』という場合に、どちらの言い分を是とするかというものじゃな。まあ、細かく議論するとキリがないので、この辺で切り上げるが、ゴブスレ新刊ではこのポリコレ思想に毒された騎士が『冒険者を優遇する王はダメだ』『女性が着飾るような華美さは性を売りにした害悪だ』『種族差別をなくすには各種族固有の文化・特質への配慮をなしにして全て人間(ヒューム)の基準に揃えるべきだ』『自分の意に沿おうとしない王妹は呪うべし』など暴走したので、それが邪神に憑かれた扱いされて王に処罰されるという末路を迎えた……ようじゃ』
リトル「ゴブスレは、反ポリコレの立場で書かれたのですねぇ」
ヒノキ「真っ当なクリエイターなら、フィクションに過剰に踏み込んで断罪しようとする部外者(まともに読みもせずに表層だけで叩く者)を嫌うし、作品世界の範囲内で批判ネタにすることもありじゃろう。まあ、ポリコレ云々を言えば、ゴブスレはエログロ表現をゴブリンの所業として描写しておるし、それは憎むべき悪として断罪しているので、決してエログロを礼賛している作風ではないが、作品世界の中で幅を持たせようと思えば、そういう物が世の中に存在しているという事実を真正面から描いている作品と言えよう。世界にある物を描くことさえ許されないならば、創作ジャンルは成り立たないと言ってよい」
シロ「ところで、前書きがずいぶん長くなっているようですが、今回はソード・ワールドのプレイのはずでは?」
ヒノキ「むむ。このままの流れだと、この記事で『魔神ハンター』に進むのは不可能じゃのう。よし、今から路線変更じゃ」
ゲンブ「魔神ハンターの続きを楽しみにしていた読者の皆さんは、次回の記事まで待って下され」
もう一つのゴブスレ
ヒノキ「ん? また何かが届いたようじゃのう」
ゲンブ「どうやら、春先に出たゴブスレ外伝を、新星どのが今ごろ購入したようでござるな」
ヒノキ「『地元の本屋では見つからなかったので、電車で遠出して、これと一緒に入手した』とメモ書きされておる」
シロ「FFゲームブックの話は、ウルトロピカルで展開中みたいですね」
ゲンブ「そちらの記事書きに夢中になり過ぎて、こっちの魔神ハンターの記事書きが後手後手に回っているようでござるな」
ヒノキ「魔神ハンター……というか、ソード・ワールドのプレイが少々、惰性になってきたのやもしれん。大体、『妖精郷』と『続マッスル太郎』のプレイも、この夏で2周年になる。冒険者レベルも8〜9になった頃合いで、そのレベルになると考えることも多くなり、妄想プレイも疲れていると処理が難しい……ということもあるかもしれん」
ゲンブ「とりあえず、夏場は第5部を一度終わらせて、秋まで作者の充電期間にするとよさそうでござるな」
ヒノキ「うむ。黄金鎧ミッションを終えて、第5部 完にしようかと思うておったが、今の深層階宅配ミッションを終えて、一度終わる方が良いかも知れんのう」
シロ「あと、1回か2回で第5部は終わる、ということですね」
ヒノキ「それと、夏場はソード・ワールドも久々の文庫公式リプレイが出るからのう」
ソード・ワールドの新リプレイ
リトル「ええと、これは20日発売の新刊ですかぁ」
ヒノキ「うむ。このシナリオのリプレイなのじゃ」
ゲンブ「2年前に出たシナリオのリプレイをまず雑誌に掲載して、それから連載分をまとめた形でござるな」
ヒノキ「なお、わらわたちのリプレイは、2013年に出たシナリオの非公式リプレイじゃが、ネタバレして公式の商売の邪魔をしたくはないという新兄さんの意向で、もう時効だろうという作品を選んでおる」
シロ「というか、10年近く前のシナリオですから、時流に乗っているとはとても言い難いのですが」
ヒノキ「タイミングとしては、ミストキャッスルを始めたきっかけの一つが、2.5版ミストキャッスルという呼び声の高い『ヴァイスシティ』が出たわけで、一巡りして時流にかなっていると新兄さんは考えていたようじゃ」
ゲンブ「次のソード・ワールド商品は何でござろうか?」
ヒノキ「2人用の競争ゲームブック風シナリオで、作者が清松さんの『煌日の姫と冴月の王子』が8月に予定されておるが、FFゲームブックのこれのアレンジじゃろうか」
ヒノキ「その後の秋からのサプリメントは未発表じゃが、この雑誌でいろいろ発表されそうなので、今から楽しみにしておくとしよう」
(当記事 完)