花粉症ガール外伝・コンパーニュ記

会話リプレイ形式の「精霊少女主役の物語」&「その仲間たちの雑談話」など。TRPG話や特撮・怪獣ネタ成分が濃厚。

魔神ハンターと、続・隠者ヴァラルト(SWミストグレイヴ3ー3)

ランダムイベントのトラブル

 

ゲンブ「前回は、隠者にまつわる話を延々とした後、突然ラスボスと遭遇して、酷い目に遭ったでござる」

ヒノキ「うむ、あれはわらわも驚いたのじゃ。少し蘊蓄話を傾けすぎたかな、と思いきや、あれほどの大イベントの前の溜めと思えば、結果的には一記事として、うまくまとまったと思う次第」

シロ「確かに、蘊蓄話を全てカットして、さあ、迷路に突入! という場面から始めて、いきなりラスボスに出会っていたらと考えると、そこから迷路を探索しようという気持ちが失せますね」

リトル「それにしても、リウが1Dで5を出したから、ラスボス登場ですかぁ」

ヒノキ「あのシーンの小見出しは元々、『さまよえる烈火団』という仮タイトルが付いていて、迷路探索とか、ランダムイベントで違う展開になる可能性も想定しておった。ランダムイベントダイスで1が出たら何もなし。2が出たらケンタウロスのタクシーが出現して、目的地へのショートカットが可能になる。そして3以降でイベントが発生。仮に3が出ていれば、マーメイドを捕まえた奴隷商人と遭遇して、もしかするとタイムリーと言えたかもしれん」

シロ「ああ、プリキュアで人魚のローラが敵に捕まってましたね」

ヒノキ「ダイス目でズルをしようと思えば、このタイミングで捕まった人魚を助けて、隠者迷宮を先送りにして、彼女を人魚の王国に連れ帰ることを優先する流れになる可能性も想定しておったのじゃ」

ゲンブ「すると、その人魚が新たなプレイヤーキャラとして、パーティーに加わる可能性もあったのでござるな」

ヒノキ「さすがにそれはない。妖精郷のエマ・ショーカの参入は、当初から十分な準備を仕込んでおったらしいが、ランダムイベントでたまたま助けた人魚がいきなりプレイヤーキャラクターになるような行き当たりばったりは、GMの負担が大きすぎる。ここではパーティーメンバーの増加は当面、考えておらん」

ゲンブ「大体、人魚救出のランダムイベントは結局、発生しなかったでござるし、IFを論じても仕方あるまい」

ヒノキ「そうとも。人魚救出は29番。ダイス目が5なので、発生するのは……むっ、34番じゃと? 何と、わらわは勘違いしておった。どうやら数え間違えて、36番のイベントを前倒しで発生させてしまったらしい」

シロ「すると、本当に起こっていたイベントは?」

ヒノキ「イベント名は『温泉の空洞』とある。つまり、ラスボス登場イベントは幻で、本当は温泉に浸かって癒されていたのやもしれぬ」 

ゲンブ「今から、『ヤーハッカゼッシュとの遭遇は温泉に浸かりながら、ポカポカ気分で見た妄想』というオチにはできぬでござるか?」

ヒノキ「新兄さんところの妄想タイムなら、その手もありかも知れぬが、ここではそういうネタは場違いで使えん。温泉イベントは推奨ネタじゃが、すでに前の記事でラスボス遭遇戦で緊迫感を描いて、しかも、いいねまで頂いた手前、その話を巻き戻して実は温泉だったの、というわけにはいかぬ。幻の温泉ネタは、いいねを付けてくれた御仁のブログで、何らかのフォローを願えるやもしれぬ。

「ともあれ、間違えた裁定も一つの運命のいたずらとして受け入れるのが、TRPGの鉄則。その上で、プレイヤー側にあまりに不利な場合は適切なフォローを入れつつ、ダイス目や戦術ミス、裁定ミスも含めて、ゲームが描いた物語として楽しむことこそが王道。とにかく、烈火団はヤーハッカゼッシュと遭遇して、かろうじて死なずに生き残った。この事実は覆らないものとする」

リトル「囚われた人魚を助け出すイベントも、温泉イベントも次の機会になるんだなぁ」

ヒノキ「いや、ヤーハッカゼッシュ・イベントが発動した後は、ランダムイベント表の記録がリセットされ、もう一度、最初からスタートとなる。人魚ネタが発生することはしばらくない」

シロ「それはそれで、残念ですね。人魚ネタはタイムリーなのに」

ヒノキ「うむ。それなら、次に奴隷救出ネタが発生するなら、種族は人魚ということに確定しておこう」

   

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魔神ハンターと、隠者ヴァラルト(SWミストグレイヴ3ー2)

引きこもり隠者の遺産

 

GM(ヒノキ)「では、今回から魔神ハンター、本格的な冒険の再開なのじゃ」

デル(リトル)「第3部の1話は、立ち上げたばかりの本部の話でいっぱいだったからなぁ」

ホリー(シロ)「本当は隠者の迷路に突入するまでは、進む予定だったんだけど、そこまで漕ぎ着けられなかったというか」

G太郎(ゲンブ)「リプレイ記事書きは、作者にとって複数のキャラの心を扱う高度な遊び。つまり、集中を要する頭脳労働でござるな。遊びとは言え、書いている本人は真剣な芸術作品の気持ちでいる。そして、創作家にとっては、自分の世界の構築に心血を注ぎ込むことが生きる意味と思い定めていたりもする。もちろん、同じ創作仲間なら、自分の生きる意味を人に伝えたいという自己顕示欲は理解した上で、他人の生きる意味も同じぐらい、あるいは、より真剣な場合もあることは察するべきでござろう」

GM「たかが遊び、されど真剣勝負な世界もある。この場合の勝負とは、読者にとって面白い記事や物語を書いて、自分も満足、読む者も満足ということじゃな。もちろん、読む者は関係ない、ただ自分の心からの思いを残すだけで満足する者もいよう。書きたいから書く、研究したいから研究する、他者の評価は二の次……という学究肌な趣味人もいて、昔はそういう自己の道のみを追求した者を隠者とも言った。自己の研究、自己の修行、自己の信仰を貫くために、人里を離れ、自給自足をしながら精進の高み、深みを目指す世界もあったのじゃ」

デル「だけど、一人きりで修行や精進ってできるものなのかぁ?」

GM「かの偉大な剣豪・宮本武蔵は、若き日は道場破りなどをしながら腕を磨き、仕官の道を探るものの、時は戦乱の世が終わり、剣術よりも文治の才を尊ぶ流れにあった。そんな中で、武蔵も書や画を嗜み、学僧に教えを乞うなども試みて、一応の見識レベルに達しはしたが、それでも剣の道断ち難く、年を経て己の習得した剣の極意を隠遁しながら書き残した。剣の道は、武蔵にとっての生涯を賭けた人生訓。どれだけの広がり、どれだけの高み、どれだけの深みに至れるか、兵法も交えて端的な言葉で書き記した稀代の一書、それこそ『五輪書』じゃ」

G太郎「五輪とは地水火風空の5つで、地は若き日からの自伝、水は自分の培った剣術の技の型と意味、火は戦場での兵法や心構え、風は武蔵の知る他流派の特徴と分析批評、そして空は剣の道を通じた武蔵の悟りが記されているでござるな」

GM「もちろん、武蔵個人の主観による書じゃから、それが唯一無二絶対の教えではないが、武道を志す者、あるいは創作で武芸者の修行や戦闘シーンのイメージを構築したい者が参考にできる『武芸の達人と言われた人物の遺した資料』であることは間違いない。ダイ大の『アバンの書』や、『鬼滅の刃』なども武蔵の書を直接あるいは間接的に引用したと思しきところもあり、多くの武者、武闘家の物語の戦術、武術、剣術の元ネタとなっていると言えよう」

ホリー「そいつは凄いですね。つまり、全ての武芸の道は、武蔵に端を発するということですか」

GM「さすがに全てとは言わんが、武蔵はすなわち『武術の思想の宝庫』。全ての宝が東大寺正倉院に納められているとは言わんが、それでも正倉院の宝が歴史文化遺産として重要なことは異論ないじゃろう。同じぐらいの伝統の重みが武蔵にはある。ある作家が武蔵を元にバトルを描いた。すると、そのバトルシーンに感じ入った者が、時には原典の武蔵にあやかり自分も勉強して違うバトルを描く。あるいは元ネタが武蔵と知らずに、作家のオリジナルと感じて、リスペクトするケースもあるじゃろう。そして、後から自分が描いたシーンの元祖が武蔵と知って、改めて武蔵すげえと勉強するケースもある。知らず知らずのうちに、武蔵のミーム、遺した考え方が、バトル物の土台を構築しているわけじゃ」

デル「子引き、孫引きで代々、受け継がれていく奥義の精神かぁ」

GM「もちろん、『五輪書』由来の戦法は多くのフィクションに描かれているため、そういう経緯を知らぬ者が読むと、半分ぐらいは『よくあるパターン、使い古された知ってる話だから、凄い奥義を期待して読んだら大したことは書いていなくて、がっかりした』という感想もあろう。ドラクエ3を今の若者がプレイしても、古くて面白さが分からないと考えたりするものか」

G太郎「古典というものは、よほど忘れ去られたものを除けば、ベーシックなものとしてジャンルの基盤となるゆえ、その後の発展した結果を知る者には、ただの古い当たり前の思想や芸事、よくある何かであって、新鮮さを感じないケースもあろうな」

GM「ただ、古典の中には『継承されなかった要素』『忘れ去られた良さ』みたいなものもあって、理解能力のない者は『自分が知っているものだけで判断して、知らない要素の良さには気付かない』ことも多く、宝の山の中に眠っているレアな、磨けば光るネタを見落としていたりもする。物の価値というのは、それに気付いた者が掘り起こして、今風に分かりやすく再構成して、その後で実は……と原典、元ネタを公開して、初めて評価されるケースもしばしばなのじゃ」

G太郎「それこそ、古い酒を新しい革袋に入れるということでござるな」

GM「リメイクやリブートも、古い素材を新しい今風の姿で描き直すということじゃからな。本来は、『新しい酒は新しい革袋に』というのが聖書の記述らしいが、要は新しいアイデアを活かすには、古い形式のままではダメなので、見た目も新しくしなければ、ということらしい」

デル「新しい酒を古い革袋に入れたらダメなのかぁ?」

GM「大抵は、それが新しいものだと受け止めてもらえないじゃろうな。古い酒で古い革袋だと、ただの古典。古い酒で新しい革袋だと、古典の現代的解釈や文芸復興にも通ず。新しい酒で新しい革袋だと、流行ジャンルだけど軽々しくも見える。新しい酒で古い革袋だと……古さを好む者にも、新しさを好む者にも期待外れで良さが伝わりにくい、と言ったところかの」

G太郎「まあ、伝統ジャンルの中で、新しい趣向を実験的に投入する形でござろうか。一見古びて見えるが、実は最新のパーツが使われて性能が高いレトロ機体というのは、マニアが喜びそうでござる」

GM「マニアが喜ぶのは大切じゃが、マニアしか喜ばないのでは、商売としては成り立たん。商業の理想は、マニアでなくても楽しめる軽い装いと、その奥にマニアが分かる深みがあるということで、知らなくても楽しめる、知っていればもっと楽しめる一粒で二度美味しい作品じゃな」

ホリー「その逆は、マニアじゃないと楽しめそうにない重い装いと、その奥にマニアががっかりする底の浅さしかない場合で、ライト層にもマニア層にも訴えかけるものがない話ですね」

GM「形だけマニアを真似て、中身がない作品はそんなものじゃのう。ガワだけ豪勢そうに見えて、中身がスカスカなものは損した気分になる。シンプルで読みやすく、それでいて密度が濃くて思ったよりも深い、これが理想じゃが、深さは作り手の学習量や人生経験にも起因するからのう。

「そして、何よりも『五輪書』は奥義書とは言え、実はシンプルで読みやすい。武蔵は理論家ではあるが、余計な虚飾を良しとしない性格ゆえ、華美で見た目の派手さを競った当時の道場剣術の流行に反し、勝つという一点に絞って練り上げた素朴かつ実戦的な剣術理論を書物に遺した。当然、その内容も素朴かつ実戦に応用しやすい。シンプルかつ奥が深く、若き日の実体験に基づく透徹した武の知見が老境に達して言葉に結実した書と見なせば、武道の師の教えそのままに読むことも、バトル創作のイメージ構築にも役立とう」

   

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空想(妄想)タイムの状況整理

他ブログのコメント欄を受けて

 

ヒノキ「新兄さんの執筆ペースが落ちているようじゃ」

ゲンブ「その分のエネルギーを、コメント対応に費やしているようでござるな。まあ、社交は大切でござるし、ブログのメインテーマではないライトノベルの創作話や、創作コミュニティーでの振る舞い方に関する説教めいた愚痴に不毛な時間を費やしている、と見た」

リトル「不毛なんですかぁ? コメント欄を読んでいると、良い勉強になるとも思いますがぁ」

ヒノキ「そりゃまあ、転禍為福を目指して書かれた文章だから、読む者によっては建設的に受け止めるじゃろう。しかし、肝心の読むべき当人に刺さって、学ばせるに至らんのではのう。

「無理やりラブコメに例えるなら、本命の相手に気持ちが伝わらず、それ以外の人間の好意をゲットしてしまうとか、

「教育に例えるなら、落第生に分からせるつもりで補習をしていたら、教室の外で聞いている別の人間が興味を持って、そちらの成績の方が上がるとか、

「数学の猛勉強をしてテストに臨んだら、数学の成績は全然上がらないのに、英語や社会の成績が上がって、何でだよと自分の努力の方向性に???を感じるとか、そんなところかのう?」

シロ「つまり、自分の意図とは異なる副産物の方に結果が出ているということですね」

ヒノキ「それに気づいたなら、賢い人間は方針転換をするのじゃろうな。成果の上がらないことには見切りをつけ、本命じゃないサブヒロインと仲良くするとか、落第生以外の成績を上げることに専念するとか、理系を諦めて文系を目指すとか」

リトル「僧侶戦士から武闘家に転職するとかですねぇ。より結果の見込まれる、自分の才能の発揮できる状況を構築する、と」

ヒノキ「まあ、教育者としては『バカな子ほど可愛い』ということもあるのじゃろうが、そこから『可愛さ余って憎さ百倍』とか『憎まれっ子世にはばかる』とか『人目をはばかる不義人情』とか、いろいろ派生して、最後は『バカな子ほど可哀想』に行き着くわけで」

シロ「どこまで行っても、バカはバカなんですね。そこまでイジめなくてもいいと思うのですが」

ヒノキ「イジメじゃないとはイジメっ子の弁じゃが、教育指導の場合はなかなか難しいのう。元々は『創作企画から始まった関係性』であって、新兄さんは『TRPG関連の仕事に夢を掛けて挫折した過去』があって教育業を生業としながら、自分のサイトを中心に趣味の文章書き(小説ではなく、特撮やゲームなどの感想メイン)を楽しんでおった。そこに『自分の創作企画を手伝ってくれませんか』と腐れ縁の主が、特撮掲示板に出現したのじゃな。もう、最初から場違いだったわけじゃが、一応、特撮ヒーローを題材にした企画ということで、新兄さんが当時管理していた議論用掲示板の話題ならいいか、と場を移した」

シロ「それがラーリオス企画なんですね」

ヒノキ「当初は、企画主(原案者)を中心に、新兄さんは場所を貸すだけで、様子を見守るだけのつもりじゃったらしいが、企画主が企画を回すような作業にちっとも慣れていなかったので、場の管理人および企画協力者の体面からフォローを入れているうちに、結果的に原案者の存在感を新兄さんが奪った形になってしまったのじゃ」

ゲンブ「原案者が学園バトル物のラーリオス本編を書き、新星どのが過去編であるプレ・ラーリオスで背景世界の構築のフォローをする形で展開し、二つの物語で企画運営をするうちに、興味を持った第三者エジプト文明を背景にした初代ラーリオスの話を書いたりして、一つの星輝世界をみんなで盛り上げようとした。そして、原案者は大風呂敷を広げはするものの、実務や折衝能力が全くダメで、そういう細々とした要素を新星どのや、何人かの協力者たち(その中にはアリナ様の契約主どのもいる)がフォローする形で企画は展開したものの、結局、原案者が離脱したでござるな」

ヒノキ「原案者の離脱した理由は諸事情考えられるが、口さがない者は、原案者が当初考えた企画を新兄さんに乗っ取られたような形になったから、と噂もされた。新兄さんの言い分では、『企画に協力しているうちに相手が独り立ちしてくれたらいい。ただ、複数の人間が協力してくれる以上は、原案者の名に恥じない振る舞いはできるようになって欲しい。そういう経験を重ねれば、作品にもフィードバックされるだろう』ということじゃったし、企画が動いている間は、新兄さんは原案者の体面を立てるように振る舞って来たはずじゃ」

シロ「それがどうして今のようなギスギスした関係になったのですか?」

ヒノキ「そもそものきっかけは、原案者が『自分は生活に困窮していて、プロの作家にならなければいけない』的な打ち明け話をしたからじゃな。まあ、プロ作家を目指すのは夢だからいいとして、生活云々を公の場で打ち明けたのは失敗じゃったと思う。せっかく、みんなで楽しく企画を回している最中に、深刻な空気を持ち込んでしまったからのう。遊びの場に、遊びじゃない重さを突きつけて、白けさせたのは大きな罪と言えよう」

リトル「罪なんですかぁ?」

ヒノキ「少なくとも、リーダーとしての振る舞いではなかろうな。チームの気持ちよりも、自分の気持ちを優先させて、無責任な言動で皆を振り回したのじゃから。創作家は総じて自己中な面が強いものじゃが、企画主である以上は、自分よりも企画の成否あるいは、立ち上げたなら最後まで始末をつけるところまで責任を果たしてこそ、信用が得られる。が、企画主はそういう責任のとり方、身の処し方のできない男であることを、その時のみならず、その後も次々と露呈していく形で信用評価をどんどんマイナスに落としている次第じゃ」

  

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魔神ハンター、隠者の迷路へ(SWミストグレイヴ3ー1)

リプレイ前の雑談

 

ヒノキ「ゴブスレTRPG待望のサプリメントをゲットしたのじゃ」

ゲンブ「ほう、いかなる内容でござるか?」

ヒノキ「大雑把に言えば、新種族(ダークエルフ、獣人、獣憑き、吸血鬼関連)と新職業の死人占い師(ネクロマンサー)、新呪文や新アイテムいろいろ、新たに6種の神さま、そして新ルールの武技など豊富な内容で、じっくり研鑽すべき内容。逆に言えば、まだまだ研究不足なので、記事ネタにはしにくいと言えようか」

シロ「ゴブスレTRPGは、ボクとリトルは未経験ですね」

リトル「確か、アリナ様が圃人の斥候、ゲンブ師匠が蜥蜴人の用心棒なんかをプレイしていたんですよねぇ」

ヒノキ「当ブログでは過去、ルールブック付属のシナリオを使ったお試しプレイと、原作者作成のダンジョンシナリオを使った『令和VS珠保のゴブスレ対決イベント』の2つの冒険を行ったのじゃ」

ゲンブ「当ブログの妄想リプレイ第一弾は、2019年夏のゴブスレからスタートしたのでござるな」 

ヒノキ「マッスル太郎が同年秋にスタートしたから、確かに妄想リプレイというタイトルが付いたのはゴブスレが最初となる。しかし、その前年の夏に花粉症ガールの修行物語の一環として、発売直後のソード・ワールド2.5のキャラを試しに作って、キャラバトルを行った経緯がある。その時はまだ、妄想リプレイとは名付けておらんが、当ブログでTRPG話を積極的に展開するようになったのは、それが最初じゃ」

ゲンブ「TRPGで新しいルールを買う→どんなシステムなのかざっと一読する→世界観や、どんなキャラがプレイできるかは読むだけでも分かるけど、細かい数値データの意味がよく分からない→試しにキャラを何人か作ってみる→ゴブリンなど適当なザコと模擬戦闘をしてみる→ルールブック付属のシナリオをチェックしながら、イメージを膨らませる→誰かプレイヤーを誘って試してみる。こんな感じでござろうか」

ヒノキ「まあ、細かい個人差はあれど、TRPGファンの定番はそんな感じじゃろう。中には、自分でルールブックは買わなくても、知り合いがGMをやってくれると聞いたので、ラッキーと思って誘われて楽しんでる苦労知らずなプレイヤー専門もいるじゃろうが、やはりマニアの道を進もうと思えば、ルールブックの購入は欠かせまい」

シロ「ルールの話でそれなりの知見を披露しようと思えば、ルールブックの所持は前提条件ですからね」

ヒノキ「何やら適当なことをコメントに書いてくるから、一家言あるのなら当然ルールブックを持っているものと確認してみたら、リプレイを読んだだけのマニア未満でしかなかったとか、ただの印象論だけで物を言っているとか、きちんと研鑽して語るほどの知識は持たないのに、何故か話をすっ飛ばして唐突に批判したがる輩がおって、こやつは何なんだ? と思うばかり」

ゲンブ「昔の思い出話の披露で懐かしがるとか、それぐらいで気軽に話を終えていればいいものを、『自分は詳しいんだと示したいばかりに、適当な嘘八百の意見とか、固有名詞の羅列だけで中身のないアピールを繰り返して、記事の話題そのものにはあまり触れないコメント』というのは、対応に困るのでござるな」

ヒノキ「まあ、TRPGにせよ何にせよ記事を読んで、刺激されて、そのテーマに沿ってコメント欄で自分語りをするまではまだいい。しかし、それに留まらず、テーマの作品を十分持ち上げることもせずに、わざわざ不見識な批判をするのが問題と言えよう。『〜〜はこうすべき』論というのは、識者が自分の経験や専門分野から筋を通して語る分にはなるほどな、と思うこともあるが、よく知りもしない者が識者ぶって思いつきで語ると、より詳しい人間には鼻白むこともしばしば」

シロ「TRPG関係のルール運用議論って、実際にプレイした者でないと分からないこともありますし、ルールの是非論は細かいデータの整合性とかもあって、自分の体験したエピソードと絡めて語ると納得できるのですけど、ルールの分析もろくにしていない者の空理空論とか何となくの印象論だと、知ってる者には浅はかにしか聞こえないんですね」

ヒノキ「別ブログのコメントで問題になったのが、『T&Tの戦士の防御点2倍ルール』の是非じゃ。『あの豪快で派手なルールが好き』で意見を止めておけば良かったのじゃが、『他のシステムでも採用すれば云々』とまで言ったのは、失言の部類じゃろう」

リトル「自分はこういう物を知っていて、好きなんですよ〜で話を止めておけばいいのに、自分が好きなものを他にも採用しろって言っちゃうのは、意見の是非が問題となりますねぇ」

ヒノキ「まあ、新兄さんはバカな意見と切り捨てたが、切り捨てるに当たって、自分のT&T知識を表明する必要に駆られて、当初の予定になかったT&T記事に時間を費やすに至った。まあ、結果としては記事書きのための問題提起として転禍為福できたわけじゃが、これを受けて、件のコメント主はどのように振る舞えば、新兄さんに一目置かれたと思う?」

シロ「今さらですが、謙虚に学ぶ人間をアピールしたいなら、『自分の拙い意見に対して、いろいろとフォローいただきありがとうございます。いい勉強になりました』とか、そんな感じでしょうか」

ヒノキ「これは、未熟な社会人が自分より目上の人から説教された際に、可愛がってもらえる定番の社交セリフなのじゃ。『なるほど、と感心してみせ、自分の未熟さを理解したフリをしてみせ、ご教示に感謝の意を示す』というのは、上下ある社会で世渡りする必須テクニックで、知見に対する『感心』『受容』『感謝』の3点セットは学生から若年社会人、弟子たる気概を持つ者のお勧めロールプレイと言えよう。あるいは、年を重ねても学び続ける者は、自分より知識のある若者に対して、謙虚にそういう姿勢を示しておることもしばしば。どこのリアルでも、フィクションでも、学んで成長するキャラというのは、その3点セットを忠実に実行しているのではないかのう」

ゲンブ「ウルトラマンZでもそうでござったな。『さすがはゼロ師匠。なるほど、こういう時はそういう手があったんですね。いい勉強になったッスよ』という関係性を構築していたようでござる」

ヒノキ「Zは成長する弟子キャラとして、いいロールプレイをしてみせた。一方で、そのZがハルキからは師匠の一人として敬意を向けられたりするのも楽しい。ハルキはあの世界で全てのキャラの弟子として、いろいろ吸収する『未熟だけど陽性前向きで成長が期待できる体育会系キャラ』として頑張った。と言うか、最近のウルトラは若者主人公の成長譚として、良質な人間ドラマを示してくれておる」

ゲンブ「オーブ殿だけは例外でござるがな。経験豊富な大人の風来坊で飄々としている」

ヒノキ「じゃが、クレナイ・ガイはかつて電王のラスボスまで務めた風格を持ちながら、先輩ウルトラマンに対しては謙虚に『さん付けで、お力をお借りする姿勢』を示していたので、ただの偉そうなおっさんではなく、相手に合わせた社交マナーを弁えた、昭和男が愛せる大人キャラだったわけじゃ。そう、大人とは局面に応じて、居丈高にも低姿勢にもなれる柔軟さを示せるもの。昔のドラマなんかでは、子どもが日頃は厳しく見える父親の職場での低姿勢にがっかりしながらも、家族のためならそのように振る舞うことの大切さを学んだりもしたものじゃ」

リトル「まあ、世間に向けて頭を下げる大切さと、自己主張が求められる場では毅然と振る舞って理を尽くす大切さは、今の大河ドラマでも生き方の例として示されていますねぇ」

 

ヒノキ「ラノベとかアニメじゃと、キャラの性格、振る舞い方は一定のテンプレートに沿って描かれ、例えば一人称が相手や局面に合わせてコロコロ変わるキャラも珍しいが、リアルでは友だち同士だと『俺』、フォーマルな仕事の際は『私』、フレンドリーな礼儀を示すには『ぼく』、相手との連帯感を示すには『わたくしたち』と主語一人称を切り替えるものであって、他にも周りが年下ばかりになると『わし』で威厳を示すとか、自己演出をどうするかで言葉遣いを修正することもあろう」

ゲンブ「キャラの性格や話し方がところ構わず固定されているのがリアルか、それともTPOで変わるのがリアルかは、日頃どういう社会で暮らしているかによっても違ってくるでござるな。アニメをリアルだと見ているのは、好きなアニメ以外の世界をあまり観察していなくて、実写ドラマでの『役割を演じる大人の社交』をリアルと思えんのかもしれん」

シロ「でも、ドモン・カッシュ役の関智一さんは、ドモンの演じ方について、語っていましたよ。普段は傍若無人で居丈高なオレ様自己中にも見えるドモンが、師匠の前だと私口調で敬語を使うキャラに変わり、しかし師匠と訣別を誓ったら、師匠に負けないように偉そうな貴様呼ばわり(実はこの偉そうな口調そのものが、目前の師匠の話し方の引き写しなんですけど)。さらにキョウジ兄さんとシュバルツが同時に散る場面では、幼少期に戻ったように、ぼく口調に(脚本ではオレだったのに)切り替えたとか、TPOに合わせたような使い分けを意識したそうです」

ヒノキ「ガンダムアムロも少年の時はぼくで、大人になると俺に一人称を変えおったな。しかし、35歳のランバ・ラルがすでに『わし』口調なのが笑う。あの人の周囲には幼少期から年長親父キャラしかいないので、無意識に口調が移ったという意見もある」

ゲンブ「いや、あの御仁は背が低いというコンプレックスがあったから、髭を蓄え、わし口調で、荒くれ部下の前で威厳を示す必要があってのスタイルという意見もあるでござる」

シロ「なるほど。複数の意見を聞いて、どちらも一聴に値すると思えるのが見識。いや、それはおかしいだろうと即座にツッコまれる言い分が、いわゆるボケですね。いい勉強になります」

ヒノキ「困ったのは、世間一般の考え方とのズレがボケを生むのじゃが、世間一般をよく知らない者は、自分がボケたことを言っているという自覚が持てぬもの。すなわち、せっかくの面白いネタになる変わった経験や物の見方を、芸に昇華できないらしい。ボケ芸というのは、世間一般の常識を知っているがゆえに、『普通はこう考えるのに、こんな可笑しなリアクションをとる。変な奴やな』という演技を狙って計算できる。まあ、それを計算でなく素でやっちゃうのは天然ボケと言われるが、天然ボケは純粋さ、無邪気さとセットなので、批判したがる性格とは相性が悪い。どんな面白さの素質、原石も、混ぜ方、組み合わせ方を間違えると台無しになるわけじゃ」

ゲンブ「批評芸とはツッコミ芸の一種。ツッコミは、他人のボケを良識っぽくイジりながら、その可笑しさを持ち上げて笑いをとるスタイル。芸人コンビによっては攻撃しているように見えるが、実はボケの面白さを引き立てるのがツッコミの役割で、そこを勘違いしているのが素人にありがちでござるな」

ヒノキ「関西ではボケ芸が庶民の味方で人気が出るのに対し、関東では良識人に見えるツッコミがバカなボケ役を格下に見て、上から目線を人気者だと見なしているゆえ、知識人ぶろうという空気が蔓延しているようじゃ。もっとも、現場で重宝されるのは、稀少なボケ芸人という」

シロ「まあ、人気ラノベの主人公は、一人ボケ一人ツッコミができる者らしいですね」

ヒノキ「日常ではボケて、バトルではツッコミ役に回るという二面性が、昔から変わらないエンタメパターンとのことじゃ。頭がいいボケ芸人というのが、クールかつコミカルを体現したスタイルらしいのう」

ゲンブ「ところで、これは一体、何の話でござるか?」

 

ヒノキ「……実はゴブスレサプリの話から速やかに、魔神ハンターの話に移ろうと思っていたのじゃが、ゴブスレサプリの研鑽不足が祟って、こうなった次第。やはり、ルールの分析が不十分じゃと、実のある話にはならんのう」

シロ「別方面で、変な実がいっぱい成っているようにも思えますが」

リトル「雑談から成る実は、雑学に通じるですぅ」

  

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魔神ハンター、第3部準備編(SWミストグレイヴ3ー0)

第3部ようやく再開のお知らせ

 

ヒノキ「魔神ハンター・烈火団ファンの読者のみなさん、お待たせしたのう。いよいよ、期待の第3部を開始する時が来たのじゃ」

ゲンブ「第2部開始と同じようなあいさつでござるな」

ヒノキ「第2部は1月に始めて、3月頭に終わった。そこから大体、2ヶ月ぶりと言ったところか」

シロ「本当は4月に第3部を始めるつもりでしたが、作者の新星さまが妖精郷での翔花救出を優先したので、GW明けて翌週の今になってしまったのですね」

リトル「それで今回は、第2部の総集編的なおさらい回なんですねぇ」

ヒノキ「うむ。第2部の準備編の時と同様、いろいろウォーミングアップなスペシャル回ということじゃ」

ゲンブ「では、改めて振り返り編からスタートでござる」

 

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ゴジラSPとか、怪獣映画なんかの話

新型コロナのせいで

 

ヒノキ「怪獣王決戦の映画が延期になったのじゃ。おのれ、スペースGの呪いめ」

シロ「別にスペースGがコロナビームを放つとは言っても、ウィルスとは関係ないと思いますが」

ヒノキ「分かっておる。しかし、見たい映画が延期になった憤りは、誰か、あるいは何かにぶつけないと気が収まらん。相手がスペースGなら悪の怪獣であるからして、『スペースGのせいにしたら可哀想』との擁護の声も上がるまい」

ゲンブ「『プルプル。ぼく悪いスペースGじゃないよ』とか言って、スペースGが『仲間になりたそうな目で見ている』ということもなさそうでござるな」

リトル「スペースGだと、ウルトラマンZのバコさんつながりもあって、映画作品としてはもっと注目度が上がって欲しいですぅ」

ゴジラVSスペースゴジラ

ゴジラVSスペースゴジラ

  • 発売日: 2014/04/23
  • メディア: Prime Video
 

シロ「最強怪獣を決めるとしたら『スペースゴジラVSデストロイア』という企画があっても良さそうですね」

ヒノキ「こんな感じかの?」

 

シロ「飛び道具が強力なスペースゴジラに比べて、接近戦主体のデストロイアは不利のように見えますね」

ゲンブ「だが、デストロイアは群体に分離できるので、それを活用すれば、上手く相手の懐に潜り込んで、得意な距離に持ち込めるかもしれぬ」

リトル「分離状態で相手の攻撃を逸らし、その後、合体する戦法はGフォースMOGERA(モゲラ)に通じるものがありますねぇ」

ヒノキ「ところで、Zの最強怪獣デストルドスが、デストロイアに名前が似ていると思うのは、わらわだけかのう」

シロ「言われてみれば確かに。まあ、デストが被っているだけと言われれば、そこまでのネタですけど」

ヒノキ「Zの最終決戦は次週のクロニクルZで再鑑賞するとして、今回のメインはアンギラスの話じゃ」

 

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ブログタイトルのマイナーチェンジ

翔花が実家に帰還したので

 

ヒノキ「新兄さんがとうとう粉っちゃんを妖精郷から救出したそうじゃ」

シロ「え? それは吉報です」

ヒノキ「そして、向こうのブログタイトルに『Wショーカ』の名前を入れることにしたので、こちらのブログタイトルも変更を依頼されたのじゃ」

ゲンブ「確かに、うちは『花粉症ガール翔花伝&コンパーニュ記』というタイトルでしばらく続いていたでござるが、最近は粉杉どのの物語を語る機会が減って、実質『コンパーニュ記』がメインであった」

リトル「翔花さんがしばらく向こうで落ち着いて暮らすなら、こちらが翔花伝というのも変ですねぇ」

ヒノキ「当ブログの歴史は元々、新兄さんのブログ『つれづれ趣味雑記』から、花粉症ガールの粉杉翔花のエピソードを切り取って誕生した経緯がある。粉っちゃんは我がコンパーニュの塔で、しばしの修行を経験し、そしてシロと共に屋久島へ旅立った。その後、我らコンパーニュ一党は新たに自分の拠点を築いた新兄さんと連携して、屋久島での粉っちゃんやシロのバックアップを担当しつつも、わらわの趣味であるTRPGおよび怪獣話を中心としたブログへとシフトしていった。言わば、粉っちゃんの物語と、わらわを中心とするコンパーニュの日常会話ときどき事件を描いたブログに発展したと言えよう」

シロ「屋久島編が翔花伝で、そこではぼくやリトルも物語の主要人物として、スペースGの脅威に立ち向かっていた。そして、翔花やぼくたちが屋久島から帰還した後、2019年のクリスマス期に翔花が行方不明になるという事件が発生。結局、翔花は時空を翔ける能力を覚醒させ、時々のイベントで顔見せしたりもしつつ、その本体は妖精郷に封印されていたのが、ようやく帰還したということですね」

ヒノキ「そして、粉っちゃんが帰還後、ブログ運営をどういう形で展開しようかと考えた末、こちらはこれまでどおり『魔神ハンター』の物語を、向こうは粉っちゃんを新しくプレイヤーに迎えて『妖精郷』の物語を中心に連載しながら、時たま、それぞれの趣味話を混ぜたりもして、まったり楽しい日常編を満喫したいという方向性で行くことになった」

シロ「こっちに翔花が帰ってくるわけじゃない。だから実情を反映していない『翔花伝』はタイトルから消えるということですか。少し寂しいですね」

ヒノキ「粉っちゃんは新兄さんのところにいるので、遊びに行こうと思えば、いつでも遊びに行ける。行方不明になって会えないわけではないから、気に病むでない。そして、ここのタイトルじゃが、大きく変えないようにアイデアを練って、『花粉症ガール外伝・コンパーニュ記』が一番実情を反映しているだろうという結論になった」

シロ「こっちが外伝ですか。何だか忍者っぽいですね」

ヒノキ「新兄さんところが光なら、こちらは影と言ったところかのう」

シロ「影と言えば、やはり、これですね」

ゲンブ「影と言えば、これも捨てがたい」

リトル「影と言えば、これも捨てがたいですぅ」

ヒノキ「何故か忍者の披露会になっておるが、ならば、わらわも忍者を披露せねばなるまい」

シロ「ということで、にわかに忍者祭りになったりもしますが、タイトルが変わっても、コンパーニュ一党は変わらず、前向きに修行を続けていきたいと思います」

(当記事 完)