花粉症ガール外伝・コンパーニュ記

会話リプレイ形式の「精霊少女主役の物語」&「その仲間たちの雑談話」など。TRPG話や特撮・怪獣ネタ成分が濃厚。

ゴジラSPと、今後のブログ方針

ラドンVSジェットジャガー

 

ヒノキ「ゴジラSP最初の怪獣として、わらわの眷族が登場して、ジェットジャガーと戦ったのじゃ」


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ゲンブ「ラドンの活躍おめでとうでござる。まあ、映像はゲームのもので、ゴジラSPとは何の関係もないのでござるが」

ヒノキ「そりゃ、ゴジラSPの新作本編映像を流すわけにはいかんじゃろう。せいぜい、これで勘弁してもらいたいもの」


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ゲンブ「アンギラスモスラヘドラ、クモンガ、他に何が登場するか期待でござるな」

シロ「シーサーは今回出そうにないですね」

リトル「その代わり、AIでネコキャラにスポットが当たっているから、シロ姉さんはそちらに感情移入すればいいですぅ」

シロ「大丈夫だ。先日、新星さまのところで、翔花の魂と交信できたからな。ボクの心は大いに満たされている。花粉症シーサー、シロ花としてフュージョンを果たしたんだから、モスラの力の一端も使えるようになったんだ」

ヒノキ「モスラの力? それは初耳じゃが、どういう力なのじゃ?」

シロ「飛行能力です。これまでのシーサーの力では地上を高速で走り回ることはできても、空中戦は不可能でした。しかし、新たな力で翼を生成することができて、空中機動も可能になったんですよ」

ヒノキ「つまり、今まではこれで……」


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ヒノキ「今後はこれに進化したようなものじゃな」


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シロ「例えとしてふさわしいかどうかは分かりませんが、少なくとも翔花に少しは追いついたと思えます」

 

 妄想リプレイについて

 

ヒノキ「それで、新兄さんの仕事が一段落したので、魔神ハンター第3部を開始しようという話じゃが、いろいろと検討した上で、少し延期しなければいけないことになった」

ゲンブ「どうしてでござるか? 楽しみにしている読者もいるでござろうに」

ヒノキ「いるのかのう? まあ、いい。3月頭まで、新兄さんはフェアリーガーデンとミストグレイヴの同時並行記事を頑張って書いていて、4月に再開する予定でいたのじゃが、5月4日のみどりの日に向けて、妖精郷リプレイ4部を終わらせて、粉っちゃんを救出するという目標を掲げた際に、さすがに魔神ハンターの記事書きまでは手が回らないと判断したのじゃ」

ゲンブ「むっ。すると、粉杉どのの救出が完了するまでは向こうのリプレイに専念する、と」

ヒノキ「厳密には、妖精郷第4部の終わる目処が立った段階で、魔神ハンター第3部を開始するという形じゃのう。よって、2週間ほど妖精郷をメインにし、4月末に魔神ハンター再開といったイメージで考えておる」

シロ「翔花救出を優先するためなら仕方ない」

ヒノキ「とは言え、こちらでも記事を書かないわけではないぞ。ちょうどゴジラSPを始め、シンカリオンZとか、ネタにできる新作が始まった頃合いじゃからのう。リプレイを休んではいても、記事書きのネタは十分ある。まずは、ゴジラシンカリオンZでこの場は楽しく盛り上がるつもりじゃ」


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ゲンブ「番組開始は最速で今夜からでござるが、YouTubeでの配信は来週の火曜日の昼から、ということでござるな」

ヒノキ「ネット配信のおかげで、TV局の地方格差が減少するのはありがたいと考えるシンカリオンファンも多いじゃろうて」

ゲンブ「新星どのはTV大阪で、我々はTVQ九州放送で最速で見られるのでござるが」

ヒノキ「平日夜は仕事で無理、と新兄さんは言っていた。録画して週末に見るのも忙しいし、だったら火曜日の配信で見てもいいかな、という考えらしい。別に最速で見て、感想記事を書くことにこだわるわけではないみたいじゃからの」

シロ「むしろ、シンカリオンファンとして気心の知れたネット仲間と近いタイミングで感想やりとりする時間を大切にしたいということですね」

ヒノキ「この場合の『気心の知れた』というのは、同じ物を同じ程度の関心で見て、ワクワク物語への愛情を分かち合える関係ということじゃな。一人が『これ、面白いよ』と紹介してくれて、『確かに面白いな。いい物を紹介してくれてありがとう。ぜひとも話に付いて行きたいです』と言える関係性が、作品ファンとして気心が通じた、と言えるのではなかろうか」

 

シンカリオンの話

 

ゲンブ「最初のシンカリオンについては、当初、新星どのも未チェックだったのを、正月あいさつの辺りでタイミング良く、特撮掲示板の常連氏や、花粉症ガールの絵師の人の紹介で試しに見たら、思いきりツボにハマった形でござるからな。つまり、その作品を紹介してくれた人間は、新星どののツボがよく分かっていたということになる」

シロ「程よく互いのツボを刺激し合える趣味仲間というのは、いい友人関係ですね」

ヒノキ「視聴対象への感情移入とか、リスペクトとか、いろいろな要素が通じ合えるのじゃろうな。だけど、逆に何もかも通じ合えるかと言えば、そういうことはなく、それぞれの関心の幅が重なる部分、ズレる部分は当然あるわけで、そのうちの重なる部分に絞って話を合わせるぐらいの節度は持って欲しいもの」

ゲンブ「『自分の全てを受け入れてくれる無二の友』という幻想は、確かに理想的な関係かもしれぬが、それを求めるなら『自分も相手の趣味を同じレベル、同じこだわり、同じ情熱をもって踏み込む姿勢』を明示しないといけないし、それが不可能であるなら、『どこまでなら付き合えるか』という制約で自分を縛る、抑えるという自制も必要でござろうな」

ヒノキ「趣味仲間というのは、相手のこだわりを互いに理解でき、リスペクトできたときに成立するものじゃろうて。もちろん、そこには上下関係はないし、知識格差とか視聴環境の格差があるにしても、好きな気持ちには変わりなく通じ合えるというのが大事」

ゲンブ「うむ、シンカリオンはそれを体現していて、いいものだ」

ヒノキ「まあ、こだわりが強すぎて、周りの友だちが付いて行けないほどのマニアぶりを示す主人公という描写もあったがのう」

シロ「マニアと一般人の心理的距離も描かれる一方で、それぞれがそれぞれの好きやこだわりがあって、好きと好きをうまくつなげ合える友だち関係ってのも描かれていましたね」

ゲンブ「子どもの夢だけでなく、大人も自分たちの夢やこだわりを持っていて、それをうまく通じ合わせる関係性もよかったでござる。これが比較対象であるエヴァだと、関係性の断絶がテーマだったのが世紀末のオタクの心情や世相に通じるものがあって、それを長年引きずってきたのが、ようやく解放された感じなのを、シンカリオンは『関係性の連結』『屈託なく広がり、夢中になれる童心と、それを支える大人たちの純粋さと情熱、知恵、職人魂』など、60年代の新幹線登場時期の陽性なノスタルジーを、現在から未来につなげる希望として継承するドラマと受け止めたでござる」

ヒノキ「若者の屈託を描いて同調共感させたのがエヴァであれば、少年のピュアさと情熱が屈託を解放するパワーを示したのがシンカリオンということじゃろうな。暗いオタクの姿が、この10年、20年で陽性にシフトして『好きなものを好きであり続けて、何が悪いんだ? そこまで好きを続けていられるって凄く良いことじゃないか』とメッセージを送ってくれる作品と読める」

ゲンブ「ただし、好きにこだわり過ぎて、それを抑圧しながら自分の世界に引きこもり過ぎたのがエヴァの大人の世界だとするなら、シンカリオンの世界は大人が自分の好きを子どもに上手く継承できた世界ということになろうか」

ヒノキ「まあ、視聴対象とか、時代背景とか、作家性とかでいろいろ分析もできようが、その対照的な両作がゲスト出演や映画でコラボ的につながったことも面白いと言えるのう。だからこそ、比較対照して語る旨みがある」

シロ「どちらも、シンという言葉でつながりますしね」

リトル「新しい主人公の名前がシンですからねぇ」

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ついでの、ちょっとしたオタク論

 

ヒノキ「鬱屈したオタクというのは、『君ってオタク?』と問われた際に、『悪かったね』と返すか、まあ、否定するかというネガティブな反応を返しがちじゃな。しかし、ここで明るいオタクを目指すなら、『君ってオタク?』って質問に対し、『そうなんだよ。凄いだろう』とか『そうありたいけど、まだまだ、その域には達していない』と応えるべきではないかのう」

ゲンブ「新星どのも、オタクという言葉を忌避していた時期があって、『君ってオタク?』という問いに対して、『バカにするな。マニアと呼んで欲しい』と妙なこだわりを持っていた時期があるそうでござるが」

ヒノキ「オタクとマニアの定義の違いを考えていたりもしたのう」

リトル「何が違うんですかぁ?」

ヒノキ「オタクはコミュ障で人付き合いから逃げがちで、マニアは求道者的な立ち位置で、人付き合いは必要ならするが、敢えてそうする必要を感じない。趣味の道を追求するとか、自分の関心ある世界を広げるためなら、喜んで人と付き合うが、自分の道を邪魔する輩とは敢えて付き合わない……と言ったところかのう」

シロ「でも、近年オタクという言葉がファッション化して、別にコミュ障とは限らなくなりましたね」

ヒノキ「うむ。そこで時代に合わせた新たな言葉の定義づけが必要じゃと思うが、ここでは『陽性と陰性(人付き合いが良いか悪いか)』『趣味へのこだわりのありなし』を座標軸に分割すると、このようになるか」

 

①明るい趣味人:多くの業界人とか、自己プロデュースできる有名作家とか、YouTuberとか。オタクの一つの夢かも。

②暗い趣味人:研究気質の引きこもり。多くのオタクのイメージ。ただし、自分のやっていることに夢中になって、別に本人は寂しいとは感じない。ただ、自分の趣味を理解してくれる人間とは、いい話し相手になれるし、友人になってもいいと考える。しかし、自分のこだわりを解さない相手とは、語る時間も惜しい。

③陽性の無趣味人:流行りものに飛びついて、軽薄に振る舞い、にぎやかに騒ぐ。いわゆる陽キャと呼ばれる人たちはこの傾向にある。面白いものに対してフットワークが軽くて、こだわりが強くないので、良く言えば世間知や経験が豊富で多芸。悪く言えばフワフワしている。ファッションオタクと揶揄されるのは、この辺。ただし、モラルを持たなくなれば、『目立てば勝ち』と世間を騒がせる元になりやすい。

④陰性の無趣味人:人付き合いができずに、自分の中核はこれだというこだわりも持たない。自分を支えるアイデンティティーが未成立なので、その自分の空虚さを埋めるために、雑多なものを求めて、日々を無目的に過ごしがち。これが趣味人なら、趣味にハマり込んで、時間の経つのを忘れるぐらい至福の時間を一人でも過ごせるのだけど、そこまでハマり込めるものも持たないので、心の中がドンヨリしている。世間では、そういう人間も「何だかオタクっぽい」と言われることがある。で、②のタイプは自分を充実させる世界があるから、わざわざ犯罪に走りたいとは思わないが、④のタイプはモラルを踏み外すと危険である。自分を支える土台がないために、たやすく自分や社会を見失いがち。で、④のタイプが犯した事件に、②のタイプが同列扱いされると甚だ迷惑である。

 

シロ「趣味人は犯罪を犯さないのですかぁ?」

ヒノキ「無意味な犯罪はのう。ただ、趣味人は自分の趣味をバカにされるとか、人間関係のもつれで衝動的にカッとなる可能性はある。あるいは、趣味そのものが昂じて現実を見失う可能性はゼロじゃない。が、世間で言う『心の闇』『満たされない心』というのは、オタクとは少し違う分析じゃと言えよう。オタクは趣味へのこだわりが原因で犯罪を犯す可能性があるのに対し(何よりも自分のこだわりを毀損されたときの精神的衝動は大きい)、非オタクの満たされない者は自分を支える柱がないために、よけいに衝動的な事件へのブレーキが掛かりにくいわけじゃ」

ゲンブ「まるで、犯罪心理学みたいな話でござるな」

ヒノキ「世間では、理解できないものを『心の闇』という言葉でイメージだけして、レッテル貼りして分かったような論調があり、そのスケープゴートにされたのが2次元的な精神世界に耽溺するオタク層だというのが世紀末じゃった。それがインターネットを介して、オタクの自己発信が表面化して、②のタイプの人間の緩やかなネットワークも成立。そうすると、そういうタイプのキャラクターの内面を描くドラマや作品も一般的に受け入れられたり、映像加工技術などのスキルも子どもたちの夢の一つとなったりするわけじゃ」

シロ「一般的に理解されなかったものが理解される過程を経てきたのが、この20年なんですね」

ヒノキ「その中で、オタクが表面化することへの反抗勢力も現れて、まるでオタクに人権はないがごとき暴論を訴えるケースも見え隠れするのう」

シロ「○○に人権はない、というのは過激な言葉ですね」

ヒノキ「他人の人権を顧みないような悪人に人権はない、というのが、90年代の過激な女性魔術師のセリフで一世風靡したが、そもそも彼女はファンタジー世界の住人じゃから、それを現代社会では使っていなかった。まあ、それを言うなら、インターネットの言論世界がそもそも現実なのか、非現実なのか、という問題も生じるし、現実では口にできないような暴論を非現実の感覚で口に出して、社会的信用を減じるケースもある」

ゲンブ「インターネットは趣味の世界であり、あるいは研究活動の舞台として構築されたが、現実と地続きになることで、付き合い方も考えなければいけない時代でござるな」

ヒノキ「少し前までは、『趣味:ネットサーフィン』と言えたが、ほとんどの人間がネット活動をするようになった時代では、趣味としては成立しないわけじゃ。英語圏では『特技:英会話』という資格が無意味なのと同様にのう」

リトル「それで、この話は一体、どこを目指しているんですかぁ?」

ヒノキ「う〜む、オタクに関する雑多な見解を無軌道に話しているだけじゃな。どこかの優秀なネコ型AIが、このまとまりに欠けた雑談をまとめて、一つの論文に仕上げてくれんものかのう。ゴジラSPの2話を見て、現実の研究者が一番感じ入ったシーンじゃと思う」

シロ「雑多な研究資料をまとめて論文に仕上げてくれるソフトですか。それこそ研究者の夢ですね」

(うまくまとまらないまま、当記事 完)